社長 安倍勇のオフィシャルブログ

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2023年8月 6日
けんぱ~い♪

8月3日(木) 13:30~ 牛久阿見斎場

家族葬儀にも関わらず親戚・友人・会社関係の方々から

生花及びお香典を賜りまして本当にありがとうございました。

花が好きだったお袋の棺の中、いっぱいにして送り出すことが

できました。
葬儀.jpg
2列目に見える頭が私です。葬儀信仰の説明を聞いている段階で

涙が止まりませんでした。

長女からも「泣かないでよ!」と言われたのですが・・・

無理です。。。

たいして世話や面倒はみていなかったのですが・・・

〇ろしてしまいたくなった時もあり、毎日嫁やお客様に愚痴を聞いてもらっていました。

短い時間ではありましたが私にとってはとてもストレスで苦しい日々でした。

その苦しみから解放されたことがうれしくて泣いたわけではありません。

私はバッチです。長男・長女もお袋との色々な思い出があると思います。

しかし私のお袋への思い出は我慢し続けた自分がいてとても

苦しかったことを思い出すだけで涙が止まりませんでした。


葬儀の時もお袋との最後の会話を思い出していました。

ちなみに親父の時は携帯の留守番電話に「勇くん・・・お誕生日おめでとう。。いくつになったの?」と

その後ろからは長男の声で「43歳だよ」と聞こえたのです。

きっと親父を看病していた長男が電話をかけさせたのでしょうね。

その後も「いさむっていい名前だな~」と留守電に入っていた言葉最後だったのです。

このメッセージを残しその14日後の6月30日に他界されました。


お袋とは7月5日に病院から2回目の施設付病院へ転院した時に、心配そうな声で

「今回はずいぶん遠くに来たんだね?」と介護タクシーでベットで寝ながら移動したのですが

1回目より確かに遠かったのですが遠いのがわかったんです。

私は「病院からは遠いけど我家からは近いからすぐ来れるし楽なんだよ」と伝えると

安堵の表情をうかべ転院先で治療が始まりましたがその後脳梗塞を発症してからは

回復もかなわず会話もできずに・・・8月1日 21:07分に他界されました。


火葬の時のけんぱいの挨拶は私が担当だったので

故人と最後に交わした言葉や行動などを思い出す話をさせて頂きました。

もちろん私はお袋の話をさせて頂き・・・緊張もして何を話しているのかわけが

わからなくなり・・・大きな声で「けんぱ~い♪」と発声すると・・・

「シ~ン♪」とても恥ずかしかったです。

誰も発声してくれないんですね。。。


嫁とハナコさんと3人で来ていたので帰り道に、あの挨拶緊張して

何を伝えたかったのかわからなくなったよと言ったら・・

2人とも「とてもいいあいさつで良かったよ」と言われたのが幸いでした。

10年一緒に働いてきたハナコさんが泣いている姿を見たことがなかったのですが

ハナコさんもお袋との最後のシーンを思い出すと涙が止まらなかったそうです。

私はお袋を思い出してくれたことがうれしかったです。

良いスタッフと仕事が出来て光栄です。


昨日も葬儀に来られていた方から「けんぱいの挨拶 ありがとう!」と言われ?

その方は30年前に父親と死別されて私のあいさつで会話や行動を思い返すことが

出来たそうです。残念ながら何も思いつかなかったそうですが・・

思い出すきっかけを言われたから良かったと声をかけて頂きました。


亡くなってからも諸手続きなど・・・やっぱり私?

お袋もきっと笑っていることでしょう。

あなたとの思い出話、本日ご来店され全面改装工事586万円のご契約された

M様にもお話て見積の話ではなくM様のお父様が亡くなった時の思い出話が出来ました。

きっとお父様も安心してこのご契約を喜んでくれたことと思います。


当社をご指名いて頂きありがとうございました。